
デジタル技術の進展により、企業が扱う情報量は飛躍的に増加しています。
それに伴い、情報漏えいや不正利用といったリスクも高度化・多様化しています。
こうした状況下で注目されているのが、情報セキュリティを単なる技術対策として捉えるのではなく、内部統制やガバナンスの一環として考える視点です。
本記事では、内部統制と情報セキュリティの関係性を整理し、内部統制の観点から見たリスクや、ガバナンス強化に向けた実践的な考え方について解説します。
まずは、内部統制と情報セキュリティがどのように結びついているのかを整理しましょう。
両者は別の概念として扱われがちですが、実際には多くの共通点があり、相互に補完し合う関係にあります。
内部統制とは、企業が事業活動を適正かつ効率的に行うために整備するルールや体制の総称です。財務報告の信頼性確保や、法令遵守の観点で語られることが多いものの、情報管理や情報セキュリティもその範囲に含まれます。
情報漏えいや不正アクセスの多くは、技術的な脆弱性だけでなく、ルールが守られていなかったり、チェック体制が不十分だったりといった統制上の問題に起因しています。内部統制が機能していない組織では、いかに高度なセキュリティ対策を導入しても、その効果は限定的になってしまいます。
内部統制を体系的に理解する枠組みとして、国際的に広く用いられているのがCOSOフレームワークです。COSOでは、内部統制を「統制環境」「リスク評価」「統制活動」「情報と伝達」「モニタリング」という5つの要素で捉えています。
これらの要素は、情報セキュリティ対策にもそのまま当てはまります。例えば、経営層の姿勢や組織文化を示す統制環境は、セキュリティ意識の浸透に直結します。また、リスク評価は、情報資産に対する脅威を洗い出し、優先度を決める重要なプロセスです。
このように、COSOフレームワークは、情報セキュリティを一過性の対策ではなく、継続的に改善する仕組みとして捉えるための土台を提供しています。
内部統制とサイバーセキュリティ対策は、いずれもリスクを管理し、企業価値を守ることを目的としています。その点で、考え方の根本は共通しています。一方で、サイバーセキュリティは技術的対策に焦点が当たりやすく、内部統制は業務プロセスや組織体制を含めた広い視点を持つ点が異なります。
両者を切り分けて考えるのではなく、内部統制の枠組みの中に情報セキュリティを位置づけることで、より実効性の高い対策が可能となります。
続いて、内部統制の視点から情報セキュリティリスクを考えていきましょう。
外部からのサイバー攻撃だけでなく、組織内部に潜むリスクに目を向けることが重要です。
情報セキュリティというと、外部からの不正アクセスやマルウェア感染を想定しがちですが、実際には内部関係者による情報漏えいも大きな割合を占めています。権限管理の不備や業務チェックの不足があると、意図しない情報持ち出しや誤送信が発生しやすくなります。
こうしたリスクは、技術だけでは防ぎきれません。誰がどの情報を扱うのかを明確にし、業務プロセスの中で適切な牽制が働く体制を整えることが不可欠です。
クラウドサービスの普及により、情報の保存・共有は格段に便利になりました。一方で、利用ルールが曖昧なままでは、情報管理が形骸化する恐れがあります。内部統制の観点では、クラウド利用においても、責任の所在、利用目的、定期的な確認といった基本的な統制が求められます。利便性の高さに依存するのではなく、管理の仕組みを整えることが重要です。
業務が特定の担当者に依存し、内容が十分に共有されていない状態は、内部統制上のリスクとなります。ブラックボックス化した業務では、不正やミスが発見されにくく、結果として情報セキュリティ事故につながる可能性があります。業務内容や情報の流れを可視化し、組織として把握できる状態を保つことが、リスク低減につながります。
ここまで述べてきたように、内部統制と情報セキュリティは切り離して考えるものではなく、相互に補完し合う関係にあります。
ここでは、両者を統合し、企業としてのガバナンスを実効性あるものにするための実践的な考え方を整理しましょう。重要なのは、個別の対策を導入することではなく、組織としてどう運用し続けるかという視点です。
ガバナンス強化の出発点となるのが、情報へのアクセス管理です。
誰が、どの情報に、どの範囲までアクセスできるのかを明確にすることは、内部統制の基本であり、同時に情報セキュリティの根幹でもあります。
アクセス管理というと、システム上の設定を連想しますが、本質はそこではありません。重要なのは、業務内容と権限が適切に結び付いているか、そしてその状態が継続的に保たれているかです。人事異動や業務変更があった際に権限が見直されていない、退職者のアクセス権が残ったままになっている、といった状態は、典型的な内部統制上の不備と言えます。
定期的な権限確認や、付与・変更・削除のルールを明文化することは、派手さはないものの、ガバナンス強化において極めて重要な取り組みです。
情報セキュリティ対策が現場で形骸化してしまう原因の一つに、業務と切り離されたルール設計があります。
セキュリティを守るための手順が、日常業務の流れと合っていなければ、現場では次第に守られなくなってしまいます。ガバナンスを強化するためには、情報セキュリティを特別なものとして扱うのではなく、業務プロセスの一部として自然に組み込むことが重要です。
例えば、申請・承認のフローにチェック機能を設ける、重要なデータを扱う業務には複数人の確認を必須とするなど、既存の業務手順の中に統制を組み込むことで、無理のない運用が可能になります。
このような設計は、内部統制と情報セキュリティの両立を実現する現実的なアプローチと言えるでしょう。
有効なガバナンスは、単一の対策で実現できるものではありません。
情報セキュリティにおいても、人・プロセス・技術の三要素が相互に補完し合う形で機能することが求められます。
まず、人の面では、従業員一人ひとりが情報を扱う主体であるという認識を持つことが不可欠です。ルールを理解し、守る意識がなければ、いかなる仕組みも十分に機能しません。
次に、プロセスの面では、業務ルールや手順が明確に定義され、属人化していないことが重要です。
そして、これらを支える形で、必要最低限の技術的な仕組みが補完的に機能することが、現実的かつ持続可能な統制につながります。
いずれか一つに依存するのではなく、三要素をバランスよく整えることが、ガバナンス強化の要となります。
内部統制と情報セキュリティを実効性あるものにするためには、定期的な点検と改善の仕組みが欠かせません。その役割を担うのが内部監査です。内部監査は、単に不備を指摘するためのものではなく、統制が意図した通りに機能しているかを確認し、改善につなげるための重要なプロセスです。
情報セキュリティを監査対象に含めることで、運用上の課題や形骸化しているルールが可視化されます。
監査結果を現場や経営層と共有し、改善策を継続的に実行していくことが、ガバナンスを仕組みとして根付かせるための鍵となります。
情報セキュリティ対策は、技術だけで完結するものではありません。内部統制の視点を取り入れ、ガバナンスを強化することで、初めて企業データを継続的に守る体制が整います。
サイバー攻撃への備えと同時に、内部ルールや業務プロセスを見直すことが、これからの情報管理には不可欠です。内部統制と情報セキュリティを一体として捉え、全社的な取り組みとして進めていくことが、企業の信頼性向上にもつながるでしょう。