近年、ソフトウェアの脆弱性を突いたサイバー攻撃が相次ぎ、企業の情報漏洩や業務停止といった深刻な被害が報告されています。その中でも特に注目されているのが、ソフトウェアの供給元や構成要素を狙う「ソフトウェアサプライチェーン攻撃」です。このような背景もあり、ソフトウェアの構成部品を可視化する「SBOM」の重要性が高まっています。
本記事では、SBOMとは何か、なぜ今必要とされているのか、そして企業がどのように導入すべきかについて解説します。
現代のソフトウェア開発現場では、多くの外部リソースやツールが活用されるようになり、システム全体の構成が非常に複雑になっています。この複雑さが、セキュリティ上の見えないリスクを生み出しているとも言えます。
ここでは、ソフトウェアサプライチェーンの複雑化と、見落とされがちなオープンソース由来のリスクについて、具体的に見ていきましょう。
今日のソフトウェアは、ひとつの企業内で完結して開発されるものではなく、外部の技術や製品との組み合わせによって構築されるのが一般的です。例えば、クラウドサービス、外部の開発委託先、第三者のライブラリ、API連携、さらに海外のソフトウェア開発企業など、様々な供給元(サプライヤー)を通じて開発が進められています。
このようなサプライチェーンが絡み合う環境では、どこにどのようなコードやライブラリが使われているのかを完全に把握することが難しくなります。その結果、外部から持ち込まれた脆弱性や不正なコードが見落とされ、セキュリティホールとなるリスクが高まります。
特に、ある1社のサプライヤーが提供するコンポーネントに問題があった場合、それがドミノのように他のソフトウェアにも影響を及ぼす可能性があるため、透明性の確保とリスク管理体制の整備が急務となっています。
また、近年、ソフトウェア開発の現場では、コスト削減や開発スピードの向上を目的に、オープンソースソフトウェア(OSS)の活用が急速に進んでいます。オープンソースは自由に利用できる反面、その管理やメンテナンスはユーザー側に委ねられるケースが多く、セキュリティ面では注意が必要です。
特に問題となるのは、すでに脆弱性が報告されているOSSコンポーネントが、知らないうちに使用され続けているケースです。適切な管理やアップデートが行われていなければ、古いバージョンに存在する脆弱性がサイバー攻撃の入口となってしまう可能性は否定できません。
実際に、2021年に世界中を震撼させた「Log4Shell(Apache Log4jの脆弱性)」の事例では、多くのアプリケーションで利用されていたロギングライブラリに重大な脆弱性が見つかり、企業や組織が緊急対応を迫られました。このようなリスクは、オープンソースの利用が拡大する現在、誰にとっても他人事ではありません。
SBOMは、ソフトウェアの内部構造を「見える化」する仕組みとして、欧米を中心に導入が進んでおり、日本国内でもその必要性が高まっています。
ここでは、SBOMの基本的な定義とその役割、さらに具体的にどのような情報がSBOMに含まれているのかを紹介します。
SBOM(エスボム)とは、「ソフトウェア部品表」とも訳されるもので、あるソフトウェアがどのような部品(コンポーネント)で構成されているかを一覧にした文書です。例えば、ライブラリ、モジュール、オープンソースソフトウェア、外部の依存関係など、ソフトウェアを構成するすべての要素が記載されています。
これは、製造業において製品の構成部品を管理する「BOM(Bill of Materials:部品表)」と同じ発想に基づいており、どの部品を、どこから、どのように調達・利用しているのかを明示することで、ソフトウェアの中身を明確にすることができます。
SBOMを活用することで、万が一、外部ライブラリに脆弱性が見つかった場合にも、どのソフトウェアがそのライブラリを使用しているかを素早く把握でき、影響範囲の特定や対応が迅速に行えるようになります。
SBOMには、ソフトウェアの構成要素について、以下のような情報が一般的に記載されます。
・コンポーネント名:使用されているライブラリやモジュールの名称
・バージョン情報:そのコンポーネントの使用バージョン
・ライセンス情報:各コンポーネントの使用許諾に関する情報(例:MITライセンス、GPLなど)
・提供元・開発元情報:誰がそのコンポーネントを開発・提供しているのかを示す識別情報
・脆弱性参照情報:既知の脆弱性がある場合、それに対応する識別番号(CVE番号など)
こうした情報を整理し一元管理することで、ソフトウェアに脆弱性が発見された際には、該当するコンポーネントを迅速に特定し、素早く修正対応を講じることが可能になります。
また、使用しているオープンソースのライセンス状況を正確に把握できるため、ライセンス違反のリスクも未然に防ぐことができます。さらに、SBOMはセキュリティ監査への対応や、取引先からの説明責任を果たす際の信頼性の高い資料としても活用できる点もメリットといえるでしょう。
このように、SBOMは、ただの「ソフトウェア構成の一覧表」ではなく、組織のセキュリティ対策を抜本的に強化する重要なツールとして位置づけられています。
ここでは、SBOMが果たす具体的なセキュリティ上の役割と、それによって得られる主な効果について確認しましょう。
SBOMが整備されていると、脆弱性が報告されたときに「自社のソフトウェアに影響があるかどうか」を即座に確認できます。例えば、ある外部ライブラリに脆弱性が発見された場合、そのライブラリを使用している製品やシステムをすぐに特定できるため、対応にかかる時間を大幅に短縮できます。対応の初動が早ければ、悪用される前に修正パッチを適用するなどの対策を講じることができ、被害の拡大を防ぐうえでも極めて有効です。
万が一、サイバー攻撃や情報漏洩といったセキュリティインシデントが発生した場合、SBOMがあればその影響範囲をすばやく把握できます。どのソフトウェアがどのような部品で構成されているかを明確にしておくことで、被害が及んでいる可能性のある領域や関係システムを迅速に洗い出すことが可能です。これにより、インシデント対応のスピードと精度が向上し、再発防止のための分析・対策も効率的に進められます。
SBOMを導入することは、社内にあるソフトウェア資産の構成を一元的に管理することにつながります。これにより、「どのシステムが何でできているのか」「外部製品やオープンソースがどれだけ使われているのか」といった情報を明確に把握できます。こうした情報の透明性は、セキュリティ対策だけでなく、以下のような場面でも活用できます。
・取引先や顧客からのセキュリティ要件に対する説明責任の履行
・監査対応やコンプライアンスチェック
・サプライヤーとの契約や品質管理の信頼性向上
ソフトウェアが複雑化する現代において、SBOMの導入は「自社のIT資産を正確に把握し、安全に運用するための第一歩」ともいえるでしょう。
SBOMの効果を十分に引き出すためには、ツールの選定や社内体制の整備など、計画的な導入が必要です。
ここでは、SBOMを実際に導入・活用する際の具体的なステップを解説します。
まず初めに行うべきは、自社のソフトウェアやシステムに対してSBOMを生成することです。そのためには、以下のようなSBOM生成ツールの活用が一般的です。
・Syft(Anchore)
・CycloneDX
・SPDX tools など
これらのツールは、プログラムのソースコードやビルド済みのバイナリから、自動的に使用されているコンポーネントを洗い出し、SBOMを作成してくれます。生成されたSBOMはJSONやXMLといった形式で出力され、他のツールとの連携も可能です。
ツールを選ぶ際は、自社の開発環境や言語に対応しているか、出力形式が業界標準に準拠しているか(SPDX、CycloneDXなど)、セキュリティツールなどとの統合が可能かも考慮しておくとよいでしょう。
SBOMを継続的に活用していくには、単にツールを使うだけではなく、社内での運用体制やルールの整備も求められます。
・SBOMの作成・更新のタイミングをルール化する
・開発部門と情報セキュリティ部門の連携を強化する
・SBOMを保管・管理する仕組み(リポジトリやドキュメント管理)を整備する
また、SBOMの情報はセキュリティ担当者だけでなく、調達部門や法務部門、外部パートナーなどとも共有されることがあるため、誰がどの情報にアクセスできるかも明確にしておく必要があります。
SBOMは作成して終わりではなく、継続的に活用することが重要です。例えば、脆弱性スキャンツールと連携させることでリアルタイムのリスク検出が可能になり、脆弱性情報データベースとの照合により影響を受けるコンポーネントを素早く特定できます。また、ソフトウェアの調達や外部ベンダーの選定時にSBOMの提出を求めることで、より高い信頼性を確保できます。
このように、SBOMを日常的なセキュリティ運用に組み込むことで、問題発生後に対応する受動的な姿勢から、リスクを事前に察知し未然に防ぐ予防的なセキュリティ対策へと転換することが可能になります。
ソフトウェアサプライチェーンの複雑化とサイバー攻撃の高度化が進む中、SBOMはもはや「あれば便利なツール」ではなく、「必要不可欠なセキュリティ基盤」となりつつあります。
自社がどのようなコンポーネントを使っているのかを把握することは、リスク管理の第一歩です。SBOMの導入と活用を通じて、透明性の高いソフトウェア開発と、安全で信頼性のあるIT環境の構築を目指しましょう。